捨て案をつくるくらいなら

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私がまだ駆け出しの頃、遠い昔。
努力したにも関わらず良い結果が残せなかった記憶の一つに「とりあえずイメージが湧かないからビジュアルデザインを3案出してください」に従ったことがあります。
しかし、この行動が意外な結果になることもあって、こんな返事が来たりします。
「どれが良いのか決めきれなくなったんです、もう4案出してもらえますか?」

相手に決めきれない状況をつくってしまったのが自分であることに気づいたのは、それから随分経ってからです。
随分経った理由は、決めきれない相手のせいにして不満をつのらせていたからです。

毎週水曜更新のツクロアのデザインラボ、今回私のターンでは、何案もつくって提出すること自体が悪いということではないのですが、似通った案を提出するにはそれなりの根拠がないと相手を苦しめることになりかねない、という経験に基づいた話です。

本命と捨て案

こういったケースで、よくあるパターンが「本命」と「折衷案」と「捨て案」。
ほとんどの制作者が今まで関わった全ての案件に3案とも本命なんて不可能だとさえ思っています。
捨て案とは何のためにあるのでしょうか?
おそらく本命を引き立たせるためと考える人がいますし、意思決定を早めるためなんて言う人もいると思います。
しかし、様々な新規事業、スタートアップのお手伝いを経て思うことは、スピードを重視してベータ版、アルファ版の開発スピードにデザインを対応させ、本来捨てられる案に時間をかけず、最短でサービスの成長と一緒にデザインも変化・成長させていくというスタイルのほうが理にかなっている場合もあって、ビジネスオーナーからもそちらを望む声を聞くようになりました。
よってビジュアルデザイン先行による開発というのがここ最近難しいと感じています。

発注の経験が浅いビジネスオーナーの要望で多い「何案か見てみないとイメージがわかない問題」というのは、
本当に複数案見てみないとわからないことなのか?
それともイメージする大切さを知らないだけなのか?
もちろん場合によるのでどちらかと甲乙つけがたいですが、後者のほうが圧倒的に多い印象を受けます。

心を通わせるのです

どういったテイスト、方向性に絞ったほうがいいのかを検討するだけならわざわざPhotoshopを開かなくても対話で行えます。
「具体的な画像を確認しなければ心配だ」と言っている時点で、もしかしたらお互いの心が通いきれていないことが多く、対話をおろそかにしたがために、まだブレた状態で折衷案や捨て案に逃げるケースを見てきたことがあります。
もしも相手が私と充分に話が通じたと思っているのであれば、私も「これ1案でつくります」で「いいね!」に近いレスポンスが生まれ、そこから詳細な未来の展望というワクワクした話が進む可能性が充分にあるのに、「他の案も見てみたい」は時間がかかってしまいます。
というより、それがさらなる迷いを相手に与えてしまうことも少なくありません。
対話をする、そしてお互いのイメージを会話の中であわせていく。
グラフィックツールなどに依存する方法もありますが、とにかくイメージを頭のなかで組み立て、言葉と手書きベースの絵ででも相手と理解し合えるテクニックとスピードが現場で常に要求されます。

下図は帽子屋さんのロゴ、架空のもので私個人のデザインストックから抜粋。

ロゴ案の画像

ロゴの解説図
これひとつ考えてつくるのもそう簡単ではありません。
安定した円を組み合わせる際、今回はフィボナッチ数列の1、3、5の比率(2が抜けてるじゃないか!)であわせてつくるなどちょっとした手間ひまもかかります。
捨て案をつくっている時間があればこのひとつひとつの線の形状にとことんこだわりぬきたいし、愛着が持てると相手にも自信を持って奨められます。

迷いを生むだけの複数案

複数案よって、相手は選択を迫られます。
当初「何案か出してもらえないと分からないし決められない」と言っていたオーナーサイド。
いざ複数案出されると、それまでの心の通わせ方が中途半端であれば、方針がかみ合わない複数案から選択を迫られることに。
そうなると思いつきや自身の趣味で選ぶことになるか、選択することを諦めることになり、「決めきれない」という結論になるでしょう。
例えば、このような案をいくつも出した場合、相手は一体何を根拠に決定していけばよいのでしょう?

ロゴ複数案提出
「ご検討ください」と言われても困ってしまいます。この線の細さ、何を決定の判断材料にするのか?
判断ができないビジネスオーナーに選択を迫ることが果たして正しいか?私が思うに、グラフィックデザインの素養めいたものを持っているオーナーだったらこのように見せても良いかもしれませんが、そうでなければ完全にタブーだと考えています。

選択肢はシンプルにすることが理想です。
「迷いを生むだけ」の複数案では決定を長引かせる原因の一つにもなります。

問題の優先度を測る

ちょっとスケールの違いすぎる例えかもしれませんが、昨年問題になったオリンピック関連のデザインの一つ、新国立競技場のデザインについて。
日本、特に東京は地震にもろく欧米諸国と違い夏場の高温多湿、火山大国、これは大きな問題です。
斬新でスタイリッシュな外観にこだわった海外のデザイナー作品が採用されましたが、東京という地域柄への理解や、問題の優先度を選考委員はどれくらい意識していたのでしょう。
予算という別な問題で頓挫してしまいましたが、仮に予算の問題がクリアされたとしても、選考委員がこれらの日本特有の災害等の問題を優先していないように見えます。
もっと問題に対して安全で安定したデザインへの優先度を高めたほうがよいと思いました。

ここ最近の私が思う案件の優先度は、いかにスピードをつけてオーナーと意思疎通をするか、これが最優先。
逆に作業に時間をかけないというか、不要な時間のかけ方をしない。
作業よりも多く話し合いペンを走らせる、そこに時間を使ったほうがお互いの気持ちも高まる、なるべく多く話し合うことが大切だと感じています。

責任をもってリードする

相手に選択を迫る前に自分の中でコレという根拠を立てるべきだと思います。
もしも自分の根拠が揺らいだ時に初めて、試してみたい案をつくってみます。
例えば文字(書体)の「墨溜まり」のような感じでもっと良くなりそうと思ったら複数案。
先ほどの案、私でしたらこの2案、どちらも本命です。もちろんここから議論して再調整することはあります。

墨溜まり効果

律儀に指示通りに作業するのもある意味大事ですが、作業が目的ではなくそこから広めることが大切な仕事。
この業界3ヶ月先すら分からない、実際に競合他社がリリース前に出てくるなど、わからないことが不意打ちのように現れて場合によっては方向転換が必要なことも。
サービスの成長過程にあわせてつくり変えていく柔軟なスタンスで、オーナーさんをリードしながら付き合っていくくらいがちょうどいいのではないかと思うのですがいかがでしょう。

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Akiba Hideki
Akiba Hideki @Hidetaro7
あくまで仕事の中で感じたこと、雑感、正しいかどうかは分からないが、今素直に思うことやチャレンジしたいことを書くためのブログ。デザインと技術について。

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